本書概要
- 撮影
- 2007~2011年
- 出版
- 日本版 永遠の日本 全一巻
2012年11月(定価95,000円+税)小学館
初版のみ著者自筆サイン入り ケース入り
■作品編 A3判/388ページ オールカラー(布クロス・箔押)
■解説編 A3判/128ページ
『アルプス』以来、50年。「地球再発見による人間性回復へ」を理念として撮影活動を続けてきた白川義員。シリーズ第11作は、構想40年。ついに日本を主題として撮影期間5年を費やし、撮影地点4万6600か所、空、陸、海から徹底的に撮影。壮絶な自然の息吹、繊細な感性や美徳を生んだ瑞々しい日本の風土を余すことなく表現した388ページ。その作品は「名岳」「名瀑」「湖沼」「森林・巨木」「渓谷・河川」「高原」「湿原」「海浜・島嶼」の8章、作品総点数402点にものぼる。また128ページにわたり綴った解説編は、詳細な撮影地点や日時の説明から、撮影裏話に至るまで臨場感のある撮影記となっている。
収録作品
8章、402点
第1章 名岳より
桜島噴火の瞬間
第2章 名瀑より
羽衣の滝
第3章 湖沼より
サンゴソウ緋色
第4章 森林巨木より
白神山地と岩木山
第5章 渓谷河川より
天人峡・七福岩
第6章 高原より
銀泉台紅葉
第7章 湿原より
尾瀬ヶ原遠望
第8章 海浜島嶼より
新舞子浜夜明け
本書序文
努力と勇気、類まれな想像力
安藤忠雄
世界の辺境での白川義員の撮影現場に密着したドキュメンタリー・フィルムを見たことがある。冷たい空気が張り詰める中、朝日を浴びて真っ赤に輝く山、日没の直前、総てが黄金色に染まった高峰。神々しいまでに美しい山々を前に、ヘリから身を乗り出し、撮影に没頭する。不安定な天候の中、まだ暗い時間に高山の間を飛ぶことは、パイロットにしてみれば自殺行為だ。窓を開けての撮影のため、上昇するまでは搭乗者全員酸素マスクを着用せねばならない。文字通りの、命がけの仕事――。
実際、1997年、ネパールのエベレストの撮影時には、乱気流に巻き込まれ、首の骨を砕き、腰椎を折った。しかし白川義員は立ち止まらない。9時間に及ぶ大手術、半年余りのリハビリの後に、仕事を再開した。
私はずっと、不思議に思っていた。写真や映像でよく見知っているはずの秘境の風景、それがなぜ、白川義員の作品の中でのみ、全く異質なものに見えるのか。画枠を超えて、山が語りかけるように、海が襲いかかるように見えるのか。自由自在に航空機を旋回してアングルを探す、独自の方法によるものだとは知っていた。だが、そうした条件の違いによるとは到底思えない。
その答えを、ドキュメンタリー映像の中で見付けた。人間世界の向こう側にあって、雄大に広がる自然が、ある季節のある一日、ある一瞬に垣間見せる、胎動する地球の姿。非凡な想像力と感性を持つ白川さんにのみ心に描くことができる、その瞬間の輝きを、身を賭す覚悟をもって、執拗に追いかける。
白川義員という稀有の才能、その全生命力をかけた魂の表現――。だからこそ、その風景は、私たちの知る写真ともアートとも異なる力を持って、私たちの心に迫ってくるのだろう。
白川義員とは、40年近く前、互いに30代のときからの知友である。ちょうど彼がライフワークともいうべき「地球再発見の旅」を始めた頃で、私も同時期、古今の建築を訪ねる世界放浪の旅にでていた。初めての出会いで何を話したか、覚えていない。だが互いに心に期するところがあり、今日まで、時折顔を合わせて声を掛け合う、気さくな関係を続けている。
いつも静かな印象の白川さんと、激しい気性の私。全く正反対の性格の二人が何故、と思われるかもしれないが、彼の作品を見れば分かるだろう。その穏やかな表情の背後には、私よりもはるかに激しく、猛々しい情熱の炎がたぎっている。
何より尊敬するのは、撮影に際して起こり得るであろう、あらゆる出来事を予測し、入念な準備を積み重ねていく冷静さと、その想像を超えて現実に降りかかる幾多の困難を辛抱強く乗り越えていく緊張感の持続である。
世界中の名山を撮るといった桁はずれにスケールの大きい構想。そこからスポンサーを募り、そこが紛争地域の国ならば許可を取り付けるのに奔走、嫌がる現地パイロットを説き伏せて、ようやくカメラを手に対象に向かう。そして最後に立ちふさがるのが、天候という自然現象だ。1ヵ月余り、毎日飛んでも心に描く風景が現れるのはわずか数分、ということも珍しくない。「撮る苦労が5%、そこにこぎ着けるまでの苦労が95%」とはよく言ったものだ。
それでも白川義員は、一瞬も心折れることなく、その数分のために命をかける。そんな信じがたい写真家人生を、静かに淡々と生きている。
白川義員は1969年の『アルプス』から『ヒマラヤ』『アメリカ大陸』『聖書の世界』『中国大陸』『神々の風景』『仏教伝来』『南極大陸』『世界百名山』『世界百名瀑』と、驚くべき質と量の仕事をしてきた。その軸としてあるのは、地球の再発見と人間性の回復だという。母なる大地の自然こそが、生命の源であり、その独自の風土と風景こそが、人間社会の原点なのだとする思想だ。
確かに、白川義員のカメラが切り取る、人間の想像力をはるかに超える荘厳な自然の造形と色彩には、誰もが畏怖の感情を心に抱く。その信じがたい自然のありように、自分と自身を取り巻く人間世界がいかにちっぽけなものかを思い知る。
そして11作目となるこの『永遠の日本』で、白川義員は日本をテーマに据えた。激動する世界情勢の中で、進むべき道を見いだせないまま、沈みゆく日本の社会。かつての日本人は、貧しくとも元気があり、未来へ向かう希望の光を一人一人が持っていた。
その生命力の欠如、精神の停滞の根本にあるのが、自然から遠のく一方の生活価値観のズレにあるのだと白川義員は言う。
砂上に波形が浮かび上がる兵庫県の海浜の幻想的な日の出、怒れる大地というに相応しい桜島の火口の情景、隆起する大地を赤黄色が覆う美しくも激しい、北陸山岳地帯の紅葉風景。一転、流氷越しに見る知床連山は、一切の生命の侵入を許さないような、冷たく厳かな世界を見せる。
合計400点余り、白川義員が命がけでとらえてきた四季折々の日本の自然風景は、まさに彼の絶え間ない努力と勇気、類まれな創造力の賜物であり、ある意味で、現代日本人の日常とはかけ離れた異世界の事象といえるだろう。だが、こうした自然の美しさを身体で理解し、それと共に生きる術を遺伝子としてもっていたのが、かつての日本人だった。この自然への感能力に蓋をし、物質主義に偏った生活を無自覚に拡大してきたがために、日本人は拠って立つべき場所を失い、進むべき道を見失った。
環境問題として地球そのもののバランスが問われている現代、日本人が今一度自らの足元を確かめること、自然への回帰により魂の復興を目指すことは、人間世界全体の未来を切り拓く第一歩ともなり得ることだろう。
一人でも多くの人が、白川さんの作品世界に触れることを願う。そこに込められたメッセージをいかに受け止め自らの血肉としていけるかに、私たちの明日がかかっているといっても過言ではない。
(あんどう・ただお/建築家)
いまなぜ『永遠の日本』か
私はこれまでに"地球再発見による人間性回復へ"を基本理念として10作の仕事を完成させました。1969年出版の「アルプス」から「ヒマラヤ」「アメリカ大陸」「聖書の世界」「中国大陸」「神々の原風景」「仏教伝来」「南極大陸」「世界百名山」「世界百名瀑」であります。それらの全ての仕事を通して第1の目的は"地球再発見" 第2の目的は"人間性の回復へ"(それらの理念についてはこれまでの作品集で具体的に記述してあります)それに各々第3の独自の目的がありました。今回、第3の目的に"日本再発見による日本人の魂の復興へ"を掲げ、5年がかりで「永遠の日本」に取り組みました。
長年にわたり私は撮影で143カ国と歴史上初めて南極大陸一周に成功するという前人未到の旅もしました。そして50年ぶりに日本に帰って来て最も衝撃を受けたのは、親殺し子殺しは日常茶飯事で、刃物を持った男が通り魔となって大量殺傷する事件です。それは人間が終始ビルディングの谷間を右往左往し醜悪な人工物に囲まれて、自然の一部である人間が自然から隔絶された生活をしているからに他なりません。あの真っ赤に輝く感動的な日の出の太陽も日没の風景も見たことがないのです。かつての日本人は勤勉誠実で真面目で努力家、そして繊細な感性や美徳を持っていました。2008年がブラジル移民100周年でしたが、ブラジルでは今も日本人をガランチード(保証つき人間)と呼びます。かつての日本人は保証つきの善人だったのです。
さて人間と動物を分ける唯一絶対の違いは人間には人間精神があることでしょう。では人間精神を人間はいかに獲得したのかです。それは自然が発するメッセージを感得する感性が人間だけにあったからです。自然は常々森羅万象と共に凄絶な感動と深遠な畏れを発信し続けていても、自然の前に立たない今の日本人にはそれを感得し得なかった。それが昨年の大震災で人間の智恵や力や人間が作り出した科学くらいでは全くどうにもならない、どうにもできない未曾有の地震と津波に直面し、深遠な畏れだけは久しぶりに体験することができました。300万年昔の人間は、この凄絶な感動と深遠な畏れを日々感得する過程で、自然とその背後にある巨大な偉大な精神の存在を信じ、ついに信仰心を持って畏れを獲得したのです。ドストエフスキーが『カラマゾフの兄弟』の中で語るように、人間神を失って、畏れがなくなれば、親殺しも子殺しも自由になる、人間の肉を食うことさえ許される、その小説の中の想像による作り話が、今、日本の社会で現実に平然と日夜行われるこの異常さが、私には耐えられないのです。私が若かったころ、親を殺すことなど想像すらできませんでした。
自然と全く隔絶された人工社会に沈潜したまま、大自然が演じる壮大なドラマに感動する機会もなければ、衝撃を受ける体験もなく、自然とは無縁の根なし草となって漂っているところに、現代社会の精神の荒廃の根源を見るように思うのです。
「永遠の日本」は、日本の政治が堕落の極みになろうと社会がとことん荒廃しようと、我が祖国日本の自然はかくも偉大で崇高で永遠なのだ、我が日本の自然はどこまでも鮮烈で荘厳で永遠なのだという事実をあらゆる人びとに見ていただきたい。日本の国は根源的に美しく崇高で麗しい凄い国なのだと実感していただいて、日本人の誇りと魂を復興する一助になりたいとの心からの願いを込めて、この「永遠の日本」を制作しました。
白川義員